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みなとミュージローブログ

2015年07月13日

新着資料の紹介コーナー 第13回「物流博物館」

今回、新着資料としてご紹介するのは、物流博物館の「会津猪苗代湖蒸汽通運丸広告」です。

 
この資料は、猪苗代湖に就航していた蒸気船「通運丸」の明治15年4月の広告です。
通運丸は、内国通運会社(現・日本通運㈱の前身)が明治10年(1877)に開業し、江戸川・利根川を中心に、鬼怒川・渡良瀬川・霞ヶ浦・北浦などで貨客の輸送に活躍した蒸気船です。数多く製造され、明治末には第41号船まで存在していたことが確認できます。その姿は、錦絵などにも取り上げられ、多くは外輪船として描かれていますが、実際にはスクリュー船も相当数ありました。
内国通運では、東京湾から館山や伊豆方面への海上航路にも通運丸を就航させていましたが、猪苗代湖をはじめ、浜名湖、秋田県などの地域にも通運丸が就航していたことはあまり知られていません。東京・千葉方面以外での通運丸の様子を知ることができる資料はこれまで当館ではほとんど収蔵しておらず、今回が初めてとなります。



本資料の内容は、発着時刻を改めた旨を周知するものになっています。「但暴風之節ハ此限ニアラス」とあるのは、猪苗代湖では古来天候の急変、特有の西風が恐れられていた(『猪苗代町史』)ためでしょうか。
広告主の「内国通運会社翁澤汽船取扱所」は明治14年設立(『福島県史』)、同年通運丸を2船体新造し、翌年に就航させます。『汽船表』『日本船名録』によると、いずれも舟津(現・福島県湖南町)で製造されたスクリュー船で、第一号船は明治19年初まで、第二号船は明治21年末までの記録が確認できます。船主は資料によって、内国通運会社、もしくは汽船取扱所発起人の一人である渡部源十郎他23名と記されています。

物流博物館の情報はこちら




at 10時59分

2015年06月08日

新着資料の紹介コーナー 第12回「“渚の駅”たてやま(館山市立博物館分館)」


今回、新着資料としてご紹介するのは、“渚の駅”たてやま(館山市立博物館分館)の「万祝」です。

 “渚の駅”たてやま内にある渚の博物館では、「房総の海と生活」をテーマとして、重要有形民俗文化財の「房総半島の漁撈用具」や千葉県有形民俗文化財の「房総半島の万祝及び製作関連資料」を中心に、漁業に関する文化や漁民の生活を紹介しています。
 今回、収蔵資料として新たに加わった万祝をご紹介します。


 万祝(まいわい)とは、大漁などの際に船主や網元が注文制作して、関係者に配った晴れ着です。イワシ漁の豊漁を契機に江戸時代後期に房総半島で発生したといわれ、静岡県から青森県にかけての太平洋沿岸に広がっていきました。
 写真の万祝は、先代まで網元をしていた市内の方からご寄贈いただいたものです。背には屋号「丸一」の紋が染め抜かれ、鶴がくわえる吹き流しには「大漁」の文字が記されています。裾模様に描かれた人物は、左から菊慈童・浦島太郎・東方朔で、これらはいずれも長寿を象徴する存在です。

 万祝には、このように縁起の良い柄が描かれることが多く、大漁などの際は関係者一同が揃いの万祝を着て、神社仏閣を参拝する風習がありました。

こちらの資料をはじめ、渚の博物館2階常設展示室では、さまざまな万祝を展示しております。
皆さまのご来館をお待ちしております。

“渚の駅”たてやま(館山市立博物館分館)の情報はこちら


at 10時25分

2015年05月14日

新着資料の紹介コーナー 第11回「山形県酒田海洋センター」

今回、新着資料としてご紹介するのは、山形県酒田海洋センターの「プラーク」です。


 このコーナーでは、酒田港が今までに頂いたプラークの展示を行っています。プラークとは、港と船とが初入港の際に、お互いに航海の安全や港の繁栄を祈念して交換するものです。船(船長・艦長)と港(県知事)の名刺交換のような役割もします。
 なお、酒田港では平成9年から実施しており、これまで客船や自衛艦など歓迎式典の時に交換しております。これらのプラークは1枚きりの大変貴重なものです。

また、酒田海洋センターでは、船舶模型の展示数も多く、その船にまつわる歴史やエピソード等も紹介しています。ミズクラゲの展示コーナーもあり、独自の取組を精力的に行っています。
入場無料ですので、皆様のお越しをお待ちしております。


山形県酒田海洋センターの情報はこちら

at 11時34分

2015年04月09日

新着資料の紹介コーナー 第10回「青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸」


今回、新着資料としてご紹介するのは、青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸の「連絡船就航当時の資料」です。


八甲田丸は、1964年(昭和39年)8月12日から1988年(昭和63年)3月13日まで就航し、歴代55隻の連絡船の中で現役期間が一番長かった船です。

 


新着資料として紹介する「連絡船就航当時の資料」は、八甲田丸船内の制御室や無線室、船倉(船の倉庫)などで発見され、航海日誌や天気図、一般配置図など貴重な資料がたくさんありました。特に、希少価値のある昭和63年3月13日(最終航海日)の資料を展示しております。

 

現在、当施設は老朽化対策工事のため4月24日(金)まで臨時休館しております。通常営業は、4月25日(土)からとなります。

青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸の情報はこちら


at 14時00分

2015年03月03日

新着資料の紹介コーナー 第9回「苫小牧ポートミュージアム」



今回、新着資料としてご紹介するのは、苫小牧ポートミュージアム(苫小牧西港フェリーターミナル)の「東日本大震災とフェリーターミナル パネル」です。

このコーナーでは、平成23年3月11日(金曜日)14時46分に発生し、日本各地に甚大な被害をもたらした「東日本大震災」での苫小牧港を発着するフェリーの相手港(大洗港・仙台港・八戸港)の大きな被害状況と立ち直った道のりを相手港スタッフへのインタビューや貴重な写真と 共に紹介しています。
  

また、当コーナーのなかでは、東日本大震災において改めて着眼されることとなった、災害時に大量の人やモノを運ぶという「フェリー」の優位性についても触れ、震災発生直後から開始されたフェリーを利用した自衛隊派遣やコメやトイレットペーパー、毛布等の救援物資輸送が行なわれる苫小牧西港の様子を紹介しています。駐車場を埋め尽くす自衛隊車両の様子などは圧巻です。

  

苫小牧ポートミュージアムの情報はこちら




at 12時04分

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