

第30回「学芸員のつぶやき」は、苫小牧ポートミュージアムの髙橋 麻彩さんです。
「苫小牧ポートミュージアム」は、苫小牧西港フェリーターミナル内にある小さな博物館です。今回は、このミュージアムをより楽しんでいただくために、苫小牧港の歴史をご紹介します。
現在の苫小牧港は、北海道最大の物流拠点として日本と世界を結ぶ重要な役割を果たす、世界初の大規模な掘り込み式港湾として知られていますが、かつての苫小牧は、広大な砂浜と湿地が広がる静かな土地でした。
江戸時代には地引網によるイワシ漁がさかんに行われていましたが、より安定した漁を目指し、船を出して沖で漁を行うため、港の整備を求める声が高まります。
しかし、「漂砂」と呼ばれる、海流によって流される砂が障害となり、苫小牧に港をつくることは難しいと考えられてきました。
明治時代になり北海道の開拓が進むと、港の必要性はさらに高まり、大正時代には石炭積み出し拠点として苫小牧に掘り込み式の港を築こうという構想が浮上します。これが、北海道庁の技師、林千秋氏が中心となって唱えた「勇払築港論」です。港の必要性と漂砂対策の重要性を訴えたこの構想は、苫小牧港建設の原点となりましたが、この時も港の建設は現実にいたりませんでした。
その後も港の建設計画は幾度となく持ち上がりましたが、第二次世界大戦の影響もあり、いずれも中止を余儀なくされました。
戦後、再び港の建設を求める声が高まり、1951年にようやく計画が具体化され、漂砂の動きの調査が始まりました。防波堤を整備することで漂砂の影響を受けにくいことがわかり、港づくりは大きく前進することとなります。そして1963年、ついに西港が完成。長年の夢が実現したこの瞬間、苫小牧のまちは歓喜に包まれ、多くの市民が港の完成を祝いました。
苫小牧港は、何もなかった砂浜が、多くの人々の努力と情熱によって北の玄関口へと姿を変えていった、そんな歴史を持つ港なのです。
当ミュージアムは、フェリーを利用する方はもちろん、市内小学校の社会科見学にもよく利用していただいており、港の歴史を授業で学んだあとに実際に足を運び、港の様子や働く人たちの姿を見て、より深く学ぶ機会となっています。
こうした学びや体験を通して、苫小牧港がどのように築かれてきたかを知ると、「苫小牧ポートミュージアム」の展示のひとつひとつにも、より深い意味を感じられるはずです。
このミュージアムが、そんな苫小牧港の歴史にふれる入口となり、皆さんにとって港の魅力を再発見するきっかけとなれば幸いです。
苫小牧港開発株式会社
ターミナル事業部 企画営業課
髙橋 麻彩

