

「今月の逸品」第18回は、石川県銭屋五兵衛記念館の「銭五(銭屋五兵衛)家旧蔵仏壇*160年の時を超え*里帰り」です。
*ー銭五(銭屋五兵衛)家旧蔵仏壇*160年の時を超え*里帰りー*
〔銭五ゆかりの仏壇とは?〕
藩政期、加賀国宮腰(みやのこし)現在の金沢市金石(かないわ)を拠点に活躍した豪商銭屋五兵衛(1773~1852)があつらえたとされる仏壇が平成24年6月に、白山市の米岡三良(さんりょう)さんより沢山の人に観賞してもらいたいとの思いで寄贈された。
〔河北潟疑獄事件とは?〕
五兵衛は北前船交易で巨万の富を築いたが、晩年、河北潟を埋立し美田にする干拓事業を始めたところ、潟の魚が大量に浮上し、魚を食した人々が亡くなるという事件が起き、銭屋に投毒の疑いがかかる。五兵衛や息子たちは投獄され、五兵衛は獄死。加賀藩に300万両(現在の500億円以上)に及ぶ財産を没収された。死の翌年、家財は競売にかけられているので、この仏壇もその中にあったと思われる。事件中、加賀の藩医黒川良安が調査、硫化水素発生による自然腐敗説を唱えるも当時の政権下では取り上げられず、この事件は、五兵衛たちの無実が明かされる事はなかった冤罪である。
〔仏壇の仕様〕
約160年の時を経て「里帰り」を果たした五兵衛ゆかりの仏壇は、幕末の科学者大野弁吉も彫刻を施した特大品。
仏壇業界からも美術品としても又工芸品としても素晴らしいものと高い評価を頂いている逸品です。
高さ台座を含め2.3メートル、幅1.5メートル、奥行き1.1メートル
仏壇の規格では最大級。漆や蒔絵には金沢仏壇の技法がみられる。
米岡さんの3代前の12代当主孫作さんが購入し、「五兵衛の最盛期に作られた品」として米岡家に代々伝えられ、地元でも「お宝」として知らされていた。
五兵衛の隆盛と信仰心のあつい人柄をしのぶ展示品として館内に常時展示されている。

