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みなとミュージローブログ

2020年09月10日

「今月の逸品 ver.3」 vol.4 フェルケール博物館の「戦後の蘭字一括」

「今月の逸品ver.3」第4回目は、フェルケール歴史博物館の「戦後の蘭字一括」です。

 江戸時代末から海外輸出された日本の緑茶は、木製茶箱に貼られた蘭字と呼ばれる木版ラベルで知られています。現在では、蘭字は、錦絵に続いて明治・大正時代に制作された木版印刷物として研究や展示の対象となってきています。この蘭字は昭和時代に入ると、現在の印刷技術と同様なオフセット印刷の蘭字へと変わってきました。また、アメリカで紅茶やコーヒーが好まれるようになると、緑茶の輸出先は旧フランス植民地のアフリカや西アジア地域へと変わっていきました。そのため、オフセット印刷の蘭字にはフランス語「THÉ VERT」とアラビア語でも「緑茶」と記されています。当館では静岡で印刷されて清水港から積み出された戦後のオフセット印刷の蘭字資料を300点ほど収蔵しています。
 今では豪華客船が着岸する清水港の日の出埠頭では、戦後にアフリカ向け緑茶が盛んに積み込まれて、東南アジアからインド洋、スエズ運河を抜けて北アフリカへと運ばれていきました。アフリカや西アジア向けの蘭字には、アフリカの動物やエキゾチックなアジアの風俗が描かれ、雰囲気もだいぶ変わってきました。そして、当館で収蔵する戦後の蘭字の裏にはフランス語の地名や人物名が書かれているものがありました。調査したところ、これらの地名は茶葉が陸揚げされたアフリカ北岸の港町、アルジェリアのアルジェやオラン、モロッコのカサブランカなどに置かれた現地の茶商の住所であることがわかってきました。当時は、これらの港町の商館がアフリカや西アジアへの緑茶販売網の扇の要となっていました。また、フェルケール博物館で収蔵する戦後の蘭字には未製品が多く含まれており、資料中にある北アフリカから静岡に送られた封筒の中には、当時のアフリカや西アジアで流行っていた風俗や社会状況を反映したデザインの蘭字見本が入っていました。静岡ではこれらの指示書に合わせて蘭字を制作し、茶箱に貼付して輸出していました。戦後の商業ラベルは当時の流通状況まで知ることのできる貴重な資料となっています。なお、当時の茶輸出関係者に聞くと、昭和40年代前半まで茶箱に貼るラベルのことを「蘭字」と読んでいたそうです。
 蘭字のデザインや印刷技術は缶詰ラベルとも影響しあい、静岡の商業ラベルの一時代を築いてきました。

    
   蘭字「ムーラン・ルージュ」   「ムーラン・ルージュ」の裏に書かれた住所は、オラン港近郊の商館だった。

    

    蘭字「ANTAR」                  アフリカから郵送された「ANTAR」の指示書(下書き)

フェルケール博物館の情報はこちら




at 10時45分

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