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みなとミュージローブログ

2021年05月07日

「今月の逸品ver.3」 vol.12物流博物館の「『東京両国通運会社川蒸気往復盛栄真景之図』野澤定吉画、明治10年代後半」

「今月の逸品ver.3」第12回目は、物流博物館の「『東京両国通運会社川蒸気往復盛栄真景之図』野澤定吉画、明治10年代後半」です。

 蒸気船・通運丸と両国にあったその発着所が描がれた錦絵です。船内は乗客で賑わい、発着所や両国橋の上からも、沢山の人々が隅田川を行きかう通運丸を眺めているようです。

 明治2年(1869)に政府が西洋型風帆船・蒸気船の民間所有を許可すると、全国各地に蒸気船が走るようになりました。通運丸は明治10年(1877)5月1日に内国通運会社(日本通運㈱の前身)が就航させ貨客を輸送した蒸気船で、数ある関東地方の川蒸気船のなかでも代表的なものです。開業時は第1・2号通運丸でのスタートでしたが、10年後の同20年には第30号船まで確認できるほどになっていました。
 両国橋を描いた他の錦絵や引札にも通運丸は登場しており、両国橋を描く際に定番のモチーフとなっていたものと思われます。

 画面右、マル通の旗を掲げた発着所の建物には、「郵便御用蒸汽通運丸発船所」の看板のほか、軒先に「行徳(現・千葉県市川市)揚」「野田揚」「古河揚」「銚子揚」など寄航地の札も掲げられています。通運丸は東京・深川扇橋から江戸川・利根川を通り思川の生井村(現・栃木県小山市)に至る航路で開業し、まもなく航路を利根川上流のみならず、銚子に至る下流域や霞ヶ浦・北浦方面にも拡大しました。
 この錦絵には開業以前の「明治八年」と刷られており、正確な成立年代は不明ですが、寄航地に「笹良橋(現・栃木市)揚」の札も見えるため、渡良瀬川の早川田(現・群馬県館林市)まで航路が延伸した明治14年(1881)11月以降と考えられます。

 外出もままならないこの頃ですが、錦絵を眺めながら蒸気船の旅に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

 ※本資料は企画展等の際に実物を展示し、常設展ではパネルで紹介しております。


 


 


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at 11時53分

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