全国のみなとの博物館、港情報はここで!最新イベント情報も随時更新中です。みなとの情報が一目で分かる、みなとの博物館ポータルサイト。

みなとミュージローブログ

2018年09月03日

「今月の逸品ver.2」 vol.16 道の駅「開国下田みなと」(ハーバー&JGFAカジキミュージアム)の「伊豆の古代製鉄の模型と伊豆半島の生い立ち」

「今月の逸品ver.2」第16回目は道の駅「開国下田みなと」(ハーバー&JGFAカジキミュージアム)の「伊豆の古代製鉄の模型と伊豆半島の生い立ち」です。


 開国の街として知られる下田の街ですが、開国の歴史のはるか昔の原始・古代の時代より下田の歴史を紹介している「ハーバー&カジキミュージアム」
 本年、世界ジオパーク認定された伊豆半島。その伊豆半島が形成された時代のコーナーを紹介させて頂きます。

「下田市金山遺跡の模型」
平安時代末から鎌倉時代にかけて南伊豆や東伊豆などの地域では、海浜の砂鉄を原料として鉄の生産が行なわれていました。
当館では伊豆半島内で発掘された製鉄遺跡を参考に、県内でも珍しい古代製鉄の様子を模型で再現しております。
「炉」と呼ばれる粘土で出来た入れ物の中に、砂鉄と木炭を交互に入れながら燃焼させます。
砂鉄を溶かすには温度を1500度前後まで高めなければなりませんので、模型のような足踏みの「ふいご」と呼ばれるものを使って炉の中に風を送り、丸3日間かけて作っていたそうです。
現在の下田の地名にも「多々土」「金草原」など製鉄を思わせる名前が残っており、伊勢神宮に毎年鍬を納めていたという記録も残っているそうです。
「炉」は鉄を一度取り出す度にその都度壊していました。手前にあるケースの展示は炉壁の一部、手前の鉄滓は実際に発掘されたものです。

「伊豆半島の生い立ちのミラービジョン」
伊豆半島がフィリピンプレートにのって日本列島にぶつかり、現在の伊豆半島の原型が出来るまでの様子をCG映像で展示しています。

  

                      下田市金山遺跡の模型


  

                   伊豆半島の生い立ちのミラービジョン

道の駅「開国下田みなと」(ハーバー&JGFAカジキミュージアム)の情報はこちら




at 13時37分

2018年08月07日

「今月の逸品ver.2」 vol.15 みくに龍翔館の「遊女の打掛」

「今月の逸品ver.2」第15回目はみくに龍翔館の「遊女の打掛」です。

 今回は、江戸天明期(1781~89)の縫屋藤七が制作したと伝えられる三国湊の遊女の打掛です。キバに象牙、目にギヤマン(ガラス)、金糸銀糸を使った迫力ある構図で、二匹の龍の刺繍がほどこされています。
 三国湊は、江戸時代から明治時代にかけて北前船の寄港地として繁栄しました。九頭竜川の河口に発達した三国湊にはかつて遊郭があり、湊の拡大に伴って町の端から端へとその場所を移していきました。地元に伝わる民謡「三国節」には、 酒は酒屋で 濃茶は茶屋で 三国小女郎は松ケ下 という一節があり、江戸時代初期、三国湊の町端にあった松ケ下遊郭が唄いこまれています。また、三国遊郭を舞台とした三国小女郎の物語は、近松門左衛門の「けいせい仏の原」をはじめとした芝居などにもとりあげられました。
 三国湊に隣接する滝谷出村にも遊郭があり、『続近世畸人伝』に加賀の千代女とともに紹介された哥川がいました。教養が高く、俳諧に長けた遊女として語り継がれています。
 額装された遊女の打掛は、北前船のコーナーでもひときわ人々の目を引いています。日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」に認定された三国湊の新たな側面を示す逸品として、ぜひご覧ください。

  
【写真左】遊女の打掛

【写真右】「諸国名所百景」のうち「越前三国乃大湊」
二代広重が描いたもので、三国湊の特徴をうまくとらえています。左上の和船の楫が上へ吊り上げられているのは、河口港のため水深が浅いことを示しており、遊女が描かれ遊興の地であることを伝えています。

みくに龍翔館の情報はこちら


at 11時20分

2018年06月25日

「今月の逸品ver.2」 vol.14 苫小牧ポートミュージアムの「空から見た苫小牧港」

「今月の逸品ver.2」第14回目は、苫小牧ポートミュージアムの「空から見た苫小牧港」 です。
弊社が運営する苫小牧西港フェリーターミナル3階のポートミュージアム床面に苫小牧市空中写真集成図から港の部分を抜き出し「空から見た苫小牧港」として展示しています。
西港フェリーターミナルがある西港区、コンテナターミナル等がある東港区の様子を、まるで空から眺めるように一望できます。
子供から大人まで苫小牧港の細部を発見し、楽しんで頂けます。
苫小牧西港フェリーターミナルにお立ち寄りの際は是非ご覧ください。




苫小牧ポートミュージアムの情報はこちら


at 13時55分

2018年05月28日

「今月の逸品ver.2」 vol.13 日本海交流センター・帆船海王丸(海王丸パーク)の「ウェルカムボード」

この ウェルカムボード(飾り板)は、 1974 年(昭和49年)のハワイ諸島 (ホノル、ヒロ )に向けての遠洋航海中に作成され、展示用に化粧直しされたものです。
現在、海王丸パークに係留保存されている初代帆船海王丸の就航中には各寄港地での船内一般公開時に舷門(乗船口)に置かれていました。文字と周囲の飾りは、すべて細いロープを手で編んで作られています。





 

日本海交流センター・帆船海王丸(海王丸パーク)の情報はこちら



at 11時01分

2018年04月11日

「今月の逸品ver.2」 vol.12 新潟市歴史博物館の「新潟白山神社大船絵馬の複製品 」

「今月の逸品ver.2」第12回目は、新潟市歴史博物館の「新潟白山神社大船絵馬(にいがたはくさんじんじゃおおふなえま)」の複製品です。
 
 新潟市中央区の白山神社拝殿に、縦1m90cm、横3m60cmの大船絵馬が掛かっています。嘉永5(1852)年、越後幕府領の年貢米の回送を請け負っていた豪商・市島次郎吉が奉納したものです。航海安全や回送の成功を祈願したものとされ、新潟で米を積み込み、絵馬左上の大坂、右上の江戸で積み下ろしている風景を、新潟町出身の画家・井上文昌が詳細に描いています。
 新潟市歴史博物館では、白山神社所蔵の大船絵馬を調査・分析し、同じ材料を用いて製作当初の姿に再現した複製品を展示しています。この絵馬で特に注目されるのが、中央部に描かれた新潟湊の様子です。碇泊している大型の廻船に天渡船が近づき、瀬取りで米を積み込んでいる様子がわかります。埠頭に着岸して荷を積み下ろしする現在の港とは異なっていたことが確認できます。また、米を運ぶ廻船や天渡船のほかに、町から堀をつたって米を運んでくる舳先の平らな川舟や、碇泊した廻船に近づき物を売る川売りの舟、大型の廻船より小ぶりで近郊を行き交うコマワシと呼ばれる船など、機能の異なる船も描かれています。それらに加え、舟を操る人、米を運ぶ人、到着した船の帆をたたむ人など、人々の動きも生き生きと描かれ、当時の新潟湊の情景がよみがえってきます。
 当館では、この大船絵馬複製品を露出で展示しています。ぜひ近づいて、詳細をご覧ください。


  

   新潟白山神社大船絵馬複製品


   
   新潟湊の部分

新潟市歴史博物館の情報はこちら



at 14時08分

カレンダー

前の月 2020年08月 次の月

S M T W T F S
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

検索

最近のエントリー

アーカイブ

カテゴリー

RSSフィード

RSS