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みなとミュージローブログ

2015年08月27日

呉市海事歴史科学館 (大和ミュージアム)が港湾功労者として表彰されました。

会員館の「呉市海事歴史科学館 大和ミュージアム」は多年にわたり呉港の歴史の紹介や造船技術の展示を通じ海事思想の普及に大きく貢献した功績を評価され、港湾功労者として海の日付で中国地方整備局長より表彰されました。


  


呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)の情報はこちら

at 14時18分

2015年08月21日

新着資料の紹介コーナー 第14回「新潟市歴史博物館」



今回、新着資料としてご紹介するのは、新潟市歴史博物館の「三番組の纏(まとい)」です。

本資料は、湊祭に曳き廻された纏(まとい)という出しものです。湊祭とは、現在の新潟まつりのルーツの一つに数えられる、江戸時代から新潟町で行われた住吉社の祭りです。七夕に行われたことから七夕祭りとも言われました。新潟町が22組に分かれて参加しました。湊祭は明治5(1872)年に県令楠本正隆により禁止されますが、以後復活と中止を経て、戦後新潟まつりとなり、湊祭の情景は今日の住吉行列に引き継がれています。
纏と言うと、町火消しが振るうものが想起されますが、湊祭では各組の象徴として、行列の先頭に出されたものでした。纏ごとにそれぞれの装飾があり、その詳細は文久3(1863)年の「湊祭行列帳」等に記されています。
この纏は、三番組のもので、台の周囲の部材と腕木に黒漆、擬宝珠の高欄には朱塗が施されており、柱に「三番」と書かれた額、翼を広げた丹頂鶴と金色の雲間からのぼる日の出をあらわした装飾が目をひきます。この纏の製作年は分かりませんが、先述の「湊祭行列帳」に「纏 車付 壱本 但日ノ出ニ鶴之図 巾六尺高一丈五尺」とあり、江戸時代の装飾を引き継いでいるものと思われます。纏の中心には一本の柱が立ち、額が掲げられ、本来は柱の先端に剣が取り付けられていました。戦後、新潟まつりの住吉行列で出した折り、電線に当たるため柱を付け替え、今回組み立てたように剣は台の隅に取り付けるようになりました。ほかにも曳いた際にバランスが取りやすいよう基礎の前方に車輪が取り付けられているなど、改変されている箇所があります。


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at 16時21分

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