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みなとミュージローブログ

2012年04月25日

今月の逸品 vol.7 なにわの海の時空館の「ラッキードラゴン」



「今月の逸品」第7回は なにわの海の時空館の「ラッキードラゴン」です。


なにわの海の時空館では、平成23年11月から現代美術作家・ヤノベケンジ氏 制作の「ラッキードラゴン」の常設展示を始めました。
「ラッキードラゴン」は水の都の復活を掲げたイベント「水都大阪2009」のために制作されたもので、大阪の水辺を縦横に走り回り、火や水を噴くパフォーマンスで話題となりました。時空館ではそのドラゴンの一部である頭から首の部分を展示しています。



<ラッキードラゴンについて ※ >
水の都・大阪に現れたトらやん専用のアート船。 幸運をもたらす伝説の生き物として、静かに佇み、時に目覚めて羽根を広げ、魔法の火や水を噴き、 街の姿を不思議に変えていく、遊覧船を改造した巨大彫刻のこと。『水都大阪2009・トらやんの大冒険』にて中核的な役割を担う。 なお、ラッキードラゴンとは、1954年マーシャル諸島ビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験に遭遇し、 多量の放射性降下物を浴び被曝した遠洋マグロ漁船“第五福竜丸”の英語名である。

大きさ:10m×15.3m×4.5m、 重さ:約3.2トン、 素材:アルミニウム、FRPほか
※ 常設展示は、このうち頭と首の部分(約10m)のみです。船部分から取りはずされており、火や水は噴きません。


なにわの海の時空館の情報はこちら




at 14時31分

2012年03月22日

今月の逸品 Vol.6  名古屋海洋博物館の「神島信号所」双眼鏡




 名古屋海洋博物館4階には、海に面した眺望デッキがあり、双眼鏡が設置されています。この双眼鏡は、三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台となった三重県鳥羽市神島にあった「神島信号所」で使用されていたものを移設したものです。「神島信号所」は昭和37年から平成15年までの40年間、名古屋港管理組合の出先機関として、船舶の監視業務を行ってきました。               

 
神島信号所にあった双眼鏡と眺望デッキからの海                 

  

    神島の地図と眺望デッキ                           



名古屋海洋博物館・南極観測船ふじ情報はこちらへ



at 12時03分

2012年03月01日

今月の逸品 vol.5  フェルケール博物館の「缶詰記念館建物」(旧清水食品株式会社社屋)


「今月の逸品」第5回はフェルケール博物館の「缶詰記念館建物」です。
缶詰記念館は、日本で初めてまぐろの油漬け缶詰を製造し、アメリカへ輸出した清水食品株式会社の創立当時の本社社屋です。寄棟造り、下見板張り2階建のモダンな建物で、昭和4年(1929)の創業時に坂根鉄工所の建物を社屋に使用したと伝えられます。そのため、建築年代はもっと遡ると考えられます。まぐろの油漬け缶詰は昭和4年に発案され、翌年にはアメリカに向けて輸出が始まりました。缶詰記念館建物は静岡・清水の缶詰産業の発展を象徴するものです。




フェルケール博物館のフロアマップ(1F)です。

   フェルケール博物館情報はこちらへ

at 10時28分

2012年01月30日

今月の逸品 vol.4  横浜みなと博物館の「新港ふ頭返還記念の鍵」


「今月の逸品」第4回は横浜みなと博物館の「新港ふ頭返還記念の鍵」です。

第2次世界大戦後、横浜は進駐軍(米軍)によって占領されました。横浜市街の中心部の関内(かんない)と港の大半が接収されました。このため、接収は横浜の貿易、経済の回復の大きな妨げとなりました。接収解除は遅々として進まず、大さん橋(おおさんばし)が返還されたのは1952(昭和27)年、当時の横浜港の主力ふ頭の新港ふ頭が一部を除いて返還されたのは1956(昭和31)年のことでした。
この鍵は、1956(昭和31)年5月12日に新港ふ頭4号上屋2階で行われた、新港ふ頭の接収解除による引継式で、在日米陸軍港湾司令官ライオン大佐から返還の印として、横浜港の港湾管理者の平沼亮三市長に贈られたものです。

鍵の歯の部分に刻まれた「CENTER PIER」は、接収中に米軍が新港ふ頭に付けた名称です。
長さ21センチほどのこの鍵は、横浜港の戦後復興の大きな一歩となる、ずしりと重いものでした。







at 10時25分

2011年12月21日

今月の逸品 vol.3  日本郵船歴史博物館の「伏見丸銀製模型(1/400)」

「今月の逸品」第3回は、日本郵船歴史博物館の「伏見丸銀製模型(1/400)」です。


 写真の模型は、現在、日本郵船歴史博物館で開催中の企画展『籾山艦船模型製作所の世界-幻のモデルメーカーが残した商船模型』で展示中の、「伏見丸銀製模型(1/400)」です。
  この模型は、2011年6月に寄贈された、日本郵船3代目社長、近藤廉平(1848-1921)の遺品の中から見つかりました。
  当初、船名も由来も不明でしたが、偶然にも、半年後の企画展開催に向け調査中であったため、この模型は、戦前のモデルメーカー、籾山(もみやま)艦船模型製作所製「伏見丸」であると判明しました。
  伏見丸は、近藤が、1919(大正8)年、パリ講和会議の随員として、アメリカ経由でパリへ向かう際、ヴィクトリアまで乗船した日本郵船の貨客船で、ゆかりの深い船であることから、記念に贈呈されたと考えられます。



 ▲ 製作当時の伏見丸銀製模型
(籾山艦船模型製作所作品記録写真データより※)  ※泉江三氏ご提供



籾山艦船模型製作所は、1912(明治45)年創業のモデルメーカーで、造船所が完成前に船主に渡す、ビルダーズモデルと呼ばれる船舶模型をはじめ、飛行機、機関車、橋梁模型など、公式図面に基づいた精巧な模型を数多く残しています。特に銀製模型は、独自の美しい加工技術に定評があったといい、皇室などへの献上、贈呈用に多く作られたようですが、そのほとんどは、現存が確認されていません。また、写真で確認できるものも艦船ばかりなので、今回のように商船の銀製模型が発見されたのは、大変めずらしいといえるでしょう。


企画展は、2012年4月1日まで開催中ですので、ぜひこの機会に実物をごらんに足をお運びください!






at 12時21分

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