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みなとミュージローブログ

2013年04月26日

今月の逸品vol.19 海とくらしの史料館の「かわいさ日本一!巨大マンボウ『チョボリン』」



「今月の逸品」第19回は、海とくらしの史料館の「かわいさ日本一!巨大マンボウ『チョボリン』」です。  

このマンボウは2004年11月18日島根県大田市沖でまき網をしていた共和水産(鳥取県境港市)が捕獲したものです。
   全長:275cm    体高:143cm 
   体重:1.25t     性:メス(約35kgの卵巣)
   巨大マンボウのはく製公開は2006年3月18日

※ 愛称名は同年6月3日「チョボリン」と発表

★マンボウ科のマンボウ属Molaには、マンボウMola molaとゴウシュウマンボウMola ramsayiの二種類が知られており、日本周辺にはマンボウのみが分布しているとされていましたが、最近のミトコンドリアDNAを用いた分子系統学的研究により、日本周辺のマンボウには、遺伝的に異なる二つの集団がいることが明らかになってきました。
2013年3月4日 日本魚類学会「日本産魚類の追加種リスト」にウシマンボウMola sp.AとマンボウMola sp.Bが追加され、当館の「チョボリン」はマンボウMola sp.Bとなり、この種類では日本一になると思われます。

   ○ウシマンボウは頭部が隆起し、舵(かじ)びれの波型はほとんど見られない。
   ○マンボウは頭部が隆起せず、舵びれに明らかな波型を持っている。
    ( 注:識別できるサイズは2m以上に限られるとされています)









at 13時12分

2013年04月02日

今月の逸品vol.18 石川県銭屋五兵衛記念館の「銭五(銭屋五兵衛)家旧蔵仏壇*160年の時を超え*里帰り」


「今月の逸品」第18回は、石川県銭屋五兵衛記念館の「銭五(銭屋五兵衛)家旧蔵仏壇*160年の時を超え*里帰り」です。  

 *ー銭五(銭屋五兵衛)家旧蔵仏壇*160年の時を超え*里帰りー*

〔銭五ゆかりの仏壇とは?〕
 藩政期、加賀国宮腰(みやのこし)現在の金沢市金石(かないわ)を拠点に活躍した豪商銭屋五兵衛(1773~1852)があつらえたとされる仏壇が平成24年6月に、白山市の米岡三良(さんりょう)さんより沢山の人に観賞してもらいたいとの思いで寄贈された。

〔河北潟疑獄事件とは?〕
 五兵衛は北前船交易で巨万の富を築いたが、晩年、河北潟を埋立し美田にする干拓事業を始めたところ、潟の魚が大量に浮上し、魚を食した人々が亡くなるという事件が起き、銭屋に投毒の疑いがかかる。五兵衛や息子たちは投獄され、五兵衛は獄死。加賀藩に300万両(現在の500億円以上)に及ぶ財産を没収された。死の翌年、家財は競売にかけられているので、この仏壇もその中にあったと思われる。事件中、加賀の藩医黒川良安が調査、硫化水素発生による自然腐敗説を唱えるも当時の政権下では取り上げられず、この事件は、五兵衛たちの無実が明かされる事はなかった冤罪である。

〔仏壇の仕様〕
 約160年の時を経て「里帰り」を果たした五兵衛ゆかりの仏壇は、幕末の科学者大野弁吉も彫刻を施した特大品。
 仏壇業界からも美術品としても又工芸品としても素晴らしいものと高い評価を頂いている逸品です。
 高さ台座を含め2.3メートル、幅1.5メートル、奥行き1.1メートル
 仏壇の規格では最大級。漆や蒔絵には金沢仏壇の技法がみられる。
 米岡さんの3代前の12代当主孫作さんが購入し、「五兵衛の最盛期に作られた品」として米岡家に代々伝えられ、地元でも「お宝」として知らされていた。
 五兵衛の隆盛と信仰心のあつい人柄をしのぶ展示品として館内に常時展示されている。


  


大野弁吉の彫刻


石川県銭屋五兵衛記念館の情報はこちら
 


at 10時24分

2013年03月18日

今月の逸品vol.17 七尾フィッシャーマンズ・ワーフ(能登食祭市場)の「七尾港開港100周年記念モニュメント「錨」」



「今月の逸品」第17回は、七尾フィッシャーマンズ・ワーフ(能登食祭市場)の『七尾港開港100周年記念モニュメント「錨」』です。


七尾港開港100周年記念モニュメント「錨」について

能登食祭市場に隣接している七尾マリンパークに七尾港開港100周年記念モニュメントとして平成11年7月12日に設置されました。また、七尾マリンパークは市民や観光客の憩いの広場で、湾内の遊覧船などの発着場でもあり、イベント広場、パフォーマンス広場、芝生広場などがあります。 


 【モニュメント「錨」の詳細については以下の通りです。】

  設置者  七尾市
  協力者  長岩 正二
        〔石川県海事広報協会会長〕
        〔海上保安協会七尾支部長〕
  設置日  平成11年7月12日
  重さ   5000kg





七尾フィッシャーマンズ・ワーフ(能登食祭市場)の情報はこちら



at 10時34分

2013年01月31日

今月の逸品vol.16 日本海交流センター・帆船海王丸(海王丸パーク)の「帆船海王丸」


「今月の逸品」第16回は、日本海交流センター・帆船海王丸(海王丸パーク)の『帆船海王丸』です。






 帆船海王丸
<沿革>
 伏木富山港の海王丸パークに浮かぶ帆船海王丸は、商船学校の生徒に訓練を行う航海訓練所の大型練習帆船として、昭和5年(1930年)姉妹船帆船日本丸とともに、神戸の川崎造船所で建造されました。地球約50周(約106万海里)を航海し、延べ11,000名余りの海の若人を育てました。また、昭和35年の日米修好通商百年祭をはじめ、カナダ建国百年祭に参加するなど、主に太平洋各地の港に寄港し、国際親善に寄与し、友好の輪を広げてきました。
平成元年、海王丸(二世)の竣工に伴い、59年間に及ぶ練習船としての使命を終え、同年9月に帆船海王丸記念財団(現 伏木富山港・海王丸財団)へ移管され、翌年4月から一般公開を開始し、青少年錬成の場としても活用され、開示思想の普及に貢献しています。

<主な事業内容>
 一般公開
帆船海王丸は、年間を通して見学することができます。現役当時の姿を今に残し、海に浮かぶ生きた帆船として保存されており、このように公開・活用されているのは、横浜港に浮かぶ姉妹船帆船日本丸とともに世界でも類を見ない存在となっています。
 総帆展帆
「海の貴婦人」と愛称される帆船海王丸の最も美しい姿を披露するために、毎年4月から11月にかけて、年10回、訓練を積んだボランティアの方々の手で29枚全ての帆を広げます。
 海洋教室
次代を担う青少年に、帆船海王丸での団体生活やセイルトレーニングを通じて、海、船、港に親しみ、友愛、協調性、責任感の大切さを経験してもらえる海洋教室を開催しています。
 ボランティアの養成・指導
総帆展帆を行うには約100名の乗組員が必要となります。また、これに使われる帆(セイル)は、伝統的な海の技術を使い、すべて人の手で縫って作製します。これらを担うボランティアを養成・指導しています。


<公開時間>
  午前9時30分から午後5時まで
  ただし、夏季(7月下旬~8月)は午後6時まで
  乗船は、終了時刻の30分前までにお願いします。

<非公開日>
  月曜日(祝日、振替休日にあたる日は公開します。この場合、火曜日が非公開日になります。)
  祝日の翌日(土曜日、日曜日にあたる日は公開します)
  年末年始、船体整備期間中(11月上旬~3月下旬)


海王丸船尾近くのタイムベル(時鐘)を鳴らすと、「幸せを呼ぶ」と乗船客の間で話題になっています。
海王丸は昭和5年2月14日に進水し、59年余りの間に百万海里以上を航海し、1万人を超える海の若人を育てました。タイムベルは、現役の練習船時代には、訓練生へ鳴らす回数で時刻を知らせていたもので、歴代の訓練生、そして今でもボランティアや乗組員の手で丁寧に磨かれ、「海王丸」などの刻印も消えかかっていますが、真ちゅう色に光り輝き、海辺に深みのある穏やかな音色を響かせてくれます。 
大勢の船乗りに見守られてきたことから、タイムベルには不思議なパワーがあるとされ、また海王丸の誕生日が、愛の誓いの日と言われるバレンタインデーでもあることから、鐘を鳴らす男女のカップルも多いようです。
皆さんも海王丸に乗船された際には、幸せの鐘を鳴らしてみませんか。

 海王丸船内の一室に、マスト上からの絶景を再現しました。足元をながめると3D写真によって目もくらみそうな高さが体験でき、周りを見渡すと壁一面のパノラマ写真によって、冠雪をみた北アルプス立山連峰を眺望することができます。マストに登ってみたくなったら、展帆ボランティアに登録・参加してみましょう。

日本海交流センター・帆船海王丸(海王丸パーク)の情報はこちら

at 14時00分

2012年12月27日

今月の逸品vol.15 新潟市歴史博物館「みなとぴあ」の「国指定重要文化財旧新潟税関庁舎」


「今月の逸品」第15回は 新潟市歴史博物館「みなとぴあ」の「国指定重要文化財旧新潟税関庁舎」です。

◆概要
 安政5(1858)年の修好通商条約の締結により5つの開港場(新潟・横浜・函館・長崎・神戸)として日本海側で唯一選ばれた新潟港は、明治元年11月19日(1869年1月1日)開港しました。信濃川河口部に位置し、新潟市中央区緑町に存する国指定史跡旧新潟税関及び国指定重要文化財旧税関庁舎は、5つの開港場で唯一現存する開港当時の運上所(税関)の遺構です。

◆建物の沿革
 1869(明治2)年10月  新潟運上所として完成(1873(明治6)年1月運上所を税関と改称)
 1969(昭和44)年6月  旧新潟税関庁舎(1棟・附棟札1枚)が重要文化財に,敷地が史跡に指定
 1971(昭和46)年12月 旧新潟税関庁舎の解体復原工事竣工
 1972(昭和47)年4月  新潟市郷土資料館として使用開始(~2003(平成15)年3月閉館)


◆設計者 
 不明(新潟府の外務担当職員の指揮)

◆施工者 
「請負人 弥七・礼助」「棟梁 円六」(棟札による)

◆建物様式上の特徴及びその評価
 開港当時の税関庁舎として現存する,唯一の建築物。
 日本建築の技術を用い,洋風をまねて表現しようとした「擬洋風木造建築」の建物です。
 特徴的な意匠として,塔屋,アーチ状通路,なまこ壁,下見板鎧戸付きガラス窓,きんちゃく型ガラス窓,べんがら塗装,青海波模様の棟瓦が挙げられます。
 内部は漆喰壁で,一部の天井は紙貼り天井になっています。

                 

 海鼠壁と下見板鎧戸付きガラス窓       海鼠壁と巾着窓          青海波模様の棟瓦


◆建物が使用されていた当時の利用状況
 当初の利用状況は不明です。新潟港の貿易量はわずかで,品物が税関に運び込まれて検査をうける例はわずかであったと思われます。

◆現在の建物について
 郷土資料館時代は,事務室や展示室として建物を使用していました。調度類を取り除き,建物に修理を施して,重要文化財である建物そのものを見てもらえるようにしています。旧新潟税関の歴史や建築様式に関するパネル,かつて使用していた六灯ランプを展示していますので,ぜひご覧ください。        

◆敷地内の概要など
 敷地内には、旧税関庁舎のほか「石庫」と呼ばれる復元された保税倉庫、移築復元された「旧第四銀行住吉町支店」(登録有形文化財)、市役所2代目庁舎の外観イメージを取り入れた「新潟市歴史博物館本館」など、明治期から昭和初期の「みなとにいがた」を感じることのできるゾーンとなっています。また、信濃川河口の対岸には、佐渡航路のフェリーが就航し、近代的な31階建て「朱鷺メッセ」を望むことができます。
 旧税関庁舎は、旅番組等でも多く取り上げられ「万代橋」ととに、みなと新潟の代表的な観光名所となっています。


【参考文献】
『重要文化財旧新潟税関庁舎修理工事報告書』(1971)
『新潟市史通史編3』(1996)
『日本の近代建築 上』藤森照信(1993)
『旧新潟税関庁舎等保存管理・活用計画』(2009)     

博物館の情報はこちら


at 10時39分

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