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みなとミュージローブログ

2013年10月21日

今月の逸品vol.24 神戸大学海事博物館の「千石船の舵用材(実物)」




「今月の逸品」第24回は、神戸大学海事博物館の「千石船の舵用材(実物)」です。

船を操るためには舵が必要です。この用材は舵の中心部材である舵柱(だちゅう)の本体であると推定され、長さが7メートル30センチあります。江戸時代を全盛期に、かって日本周辺で物資の輸送を担った千石船(せんごくぶね)の巨大な船体を偲ぶことができるたいへん貴重な史料です。

昭和38年5月、兵庫県豊岡市津居山の瀬戸運河浚渫工事の際に河底で偶然発見され、津居山の照満寺境内に永らく保存・展示されていました。
2012(平成24)年9月15日、津居山・有志の皆様の千石船史料保存に向けた熱意とご厚意により当博物館に搬送・寄贈され、館内に展示されています。







===== ご案内=======

海事博物館では、常設展示に加え、ただ今「進水式絵葉書にみる船の変遷」と題して当館が収蔵する多数の進水式絵葉書の中から逸品を展示して船の進化を概説しています。

・開館日:月・水・金の13:30~16:00(祝日及び盆・正月前後の休館を除く)
・海事博物館事務室:078-431-3564(上記開館時間)
・阪神電車深江駅から南西へ徒歩約10分(国道43号線の南側)


神戸大学海事博物館の情報はこちら






at 14時18分

2013年09月10日

今月の逸品vol.23 四日市港ポートビル「うみてらす14」の「地上90mからの展望」



「今月の逸品」第23回は、四日市港ポートビル「うみてらす14」の「地上90mからの展望」です。




 四日市港ポートビル「うみてらす14」では、地上90mの高さから360度に広がる展望をご覧いただけます。
 四日市港や四日市の街並みはもちろん、お天気が良い日には鈴鹿山脈、知多半島沖にある中部国際空港「セントレア」や、御岳山も見ることができます。また、今年世界遺産に登録された「富士山」も見えた!なんていう噂もあります。
 また、コンテナの積み下ろしなどの作業の様子を間近に見下ろすことができる、数少ない場所でもあります。90mの高さから見ると、あんなに大きいコンテナが、まるでおもちゃのブロックのよう!トレーラーもまるでミニカーのように見えます。忙しく働くガントリークレーンの様子も、間近に見ることができます。
 また、このロケーションを活かしたイベントも多数開催しています。目の前に上がってくる花火を見る「四日市花火大会見学会」や、90mの高さで夕景、夜景をバックに素敵な音楽を楽しむ「クリスマスコンサート」、四日市港から昇る初日の出を見て、新年をお祝いする「初日の出を見る会」など、「うみてらす14」ならではのイベントとして、毎年多くの皆様にお楽しみいただいております。


 

  
 また、なんといっても近年非常に人気なのが、「うみてらす14」から見る「工場夜景」!
 四日市の夜景が「3(スリー)D(ディー)夜景」とも言われるのは、この「うみてらす14」から見下ろす工場夜景があるからこそ。毎週土曜日と、7月~11月の金曜日の夜は、この夜景を見に多くの方が訪れます。近くに見える第3コンビナートから、遠くの第2、第1コンビナートへと続く幻想的な夜景は、まさに「うみてらす14」の「逸品」といえます。

 

四日市港ポートビル「うみてらす14」の情報はこちら






at 11時13分

2013年08月09日

今月の逸品vol.22 物流博物館の「菱垣船并ニ渡海之図 」

「今月の逸品」第22回は、物流博物館の「菱垣船并ニ渡海之図 」です。  




菱垣船并ニ渡海之図
巻子装 江戸時代 伝黒川真頼旧蔵

 

菱垣廻船を描いた図と、航路図が一つの巻子に表装されています。


 菱垣廻船は大坂・江戸間を往来した船で、多くの日用品などを江戸へ運びました。船の種類は弁才船。菱垣廻船は舷側が菱垣模様に組んでいるのが特徴で、最盛期には200隻ほどが就航していました。大坂・江戸間を江戸時代後期には2~3週間程度で結んだといいます。

 本図の菱垣廻船には、船尾に近いところに手漕ぎの櫓が描かれています。帆とともに櫓を用いる弁才船は初期のものに見られたといいますが、17世紀末以降、弁才船は帆走専用化が進み、櫓は使われなくなったといわれています。
また、よく見ると船尾にマル通の印の入った旗を掲げています。この旗が何を意味するのか明らかにしませんが、海上の番所を通行する際に通行許可の証として掲げたのではないかという説があります。


 「渡海之図」部分には、熊野大嶋(紀伊大島)から沿岸を行く地乗りルートと、伊豆下田に直乗りする沖乗りルートの2つの海上ルート、大津から江戸までの東海道の陸路ルートが朱書きされています。沿岸の地名や航路の各地点間の里数などの記入もあります。






物流博物館の情報はこちら




at 10時07分

2013年07月08日

今月の逸品vol.21 道の駅「開国下田みなと」(ハーバー&JGFAカジキミュージアム)の「秀吉の小田原攻めと下田城の模型」



「今月の逸品」第21回は、道の駅「開国下田みなと」(ハーバー&JGFAカジキミュージアム)の「秀吉の小田原攻めと下田城の模型」です。  

秀吉の小田原攻めと下田城の模型



豊臣秀吉と後北条氏の対立により、天正16年(1588)、後北条氏の水軍の守りの拠点として下田城が整備されました。下田城は、海抜72m余の高台を中核として、これを囲む空堀が延々とめぐらされています。下田城にこもる清水康英と長曽我部・九鬼・脇坂他1万を超える豊臣水軍との間で戦となり、およそ50日ほどの籠城戦が繰りひろげられました。中世の海賊城として全国的にも珍しい下田城は、現在でも空堀や曲輪等が良好な状態で残されています。
当館では、下田城を模型で復元し、展示するとともに、展示室からは下田城跡を遠望することができます。




―JGFAカジキミュージアム―

当館目の前にある下田湾にて毎年開催される国際カジキ釣り大会は今年で第35回を迎える盛大な国際大会です。
黒潮の流れる下田沖から伊豆諸島周辺にかけては絶好のフィールドです。
毎年下田市民もサーポートメンバーとして大会を応援しており、その歴史ある国際カジキ釣り大会の第30回を記念して、当館のミュージアムに新たに併設されたミュージアムです。
本来の下田の歴史を紹介するミュージアムとご一緒にご覧いただけます。
カジキ釣りの魅力や大会の歴史、実物大のカジキのレプリカなどを紹介しております。 

 

  

道の駅「開国下田みなと」(ハーバー&JGFAカジキミュージアム)の情報はこちら



at 15時39分

2013年06月10日

今月の逸品vol.20 みくに龍翔館の「エッセルの日本回想録」




「今月の逸品」第20回は、みくに龍翔館の「エッセルの日本回想録」です。  


 三国湊とオランダ人工師エッセル~その足跡をたどって~


江戸時代から明治時代にかけて、海運業で栄えた三国湊。九頭竜川河口に位置し、水深の維持に支障をきたしていたことから、港の修築工事をすることになりました。そこで、招聘されたのが、オランダ人工師エッセルです。エッセルは、明治9年(1876)に三国を訪れ、港湾修築工事の設計を行いました。そのわずか2年後にエッセルは日本を去りますが、工事は同じくオランダ人技術者のデ・レイケによって引き継がれ、明治15年に見事、三国港突堤が完成。日本の近代土木史に、大きな足跡を残しました。現在、三国港突堤は、国の重要文化財や近代化産業遺産に指定されています。
エッセルが日本を離れてから30年以上も後にまとめられた回想録。その中には、三国での思い出がいきいきと記されていました。


 エッセルの日本回想録

 エッセルは、明治43年(1910)、2年がかりで自分の足跡を20数冊の回想録にまとめました。このノートはその第2巻で、日本行きを希望したきっかけにはじまり、帰国途中の船旅の紀行までが記されています。三国、鳥取、新潟、山形、福島のことが特に詳しく記され、当時の土木事情を知る貴重な文献となっています。風光明媚な三国の風景、海女漁の様子、聖なる地“雄島”など三国滞在中の詳しい記述も多く見られ、三国がエッセルにとってたいへん印象深い地であったことがうかがえます。

   

  
エッセルの日本回想録


三国港突堤工事中の写真


エッセルの日本土産


エッセルについて


みくに龍翔館の情報はこちら
 

at 14時15分

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